姉のように成績が良くなかった私の悲しいエピソード

私の家族は両親、祖父母、1歳上の姉の6人家族です。
家の近くにはお店も信号も自動販売機さえもないようなど田舎で暮らしていました(^^;)。近くに同い年くらいの友人もおらず、1歳上の姉と毎日遊んでいました。
母は優しくいつもにこにこしていました。専業主婦として家族を支えてくれていました。父は厳しい人でしたが、ほとんど仕事に行っていたので会うことはありませんでした。小さい頃に父と笑って会話をした記憶はあまりありません。祖父はとても私たちをかわいがってくれていました。夕食のときは毎晩晩酌をしていたのが印象的です。祖父も平日は仕事をしていたようで、毎日お弁当をもって出かけていました。どんな仕事をしていたのかはよく知りません(>_<)。いつも夕方には帰宅していました。祖母は優しいながらも厳しい人でした。学校から帰ったら毎日、お菓子を出してくれていました。梅干しや梅酒、お漬物、なんでも手作りしていました(#^^#)。

私と姉は、両親の教育方針に従って幼いときからいろいろ習い事をしていました。ピアノにそろばんバレエ、習字、体操です。ほぼ毎日何らかの習い事が学校のあとにありました(-_-)。私としては、姉もやっているからという感覚で、特に何も考えずに習い事をしていました。どれも姉のほうが1年早く始めていましたが、数年経つと私と姉はそんなに差はありませんでした。幼いながらに姉に追いつきたくて頑張っていたのだと思います。姉も、私に追い抜かれまいとプレッシャーを感じていたと思います(T_T)。

特にスポーツにおいては、私のほうが少しよくできた記憶があります。小学校のマラソン大会で、私は姉の次の順位でゴールしたこともあるほど私と姉の運動神経は似たようなものでした(-_-)。

しかし勉強については違いました。姉はとても賢かったですが、私はそこまで賢くありませんでした(>_<)。小学生の高学年くらいになると、姉が私に勉強を教えたがるようになりました。勉強が苦手な私はそれがとても煩わしかったです。ただ田舎の学校だったので、中学受験をしたりする人もおらず、また成績がどうの言うこともあまりなかったので、妹の私から見て、姉はたぶん賢いんだろうな、という程度の認識でした。

しかし姉が中学生になり、始めてテストを受けて、その結果を聞いたときに両親がこれまでにないほどに喜んでいたのを記憶しています。中学になり、生徒数が一気に増えた中で姉は3番という好成績をおさめていました。それからも姉はテストを受けるたびに5番以内に入る好成績でした。親もどんどん期待しているのが感じられました。

そして私も次の年、中学生になりました。当たり前ですが、私にも初めてのテストがありました。そこで初めて姉のすごさがわかりました(@_@)。そして、テスト結果を聞いた日、母からもテストの結果を聞かれました。その時の母は私の結果にも少し期待をしていたように私の目には移りました。小学校の頃の通知表もたいした成績ではなかったので、私の思い違いかもしれませんが、その時私は自分の結果を母に伝えたくないと思いました。母に「お姉ちゃんみたいに良くはないよ」と前置きしたのを鮮明に覚えています。母は「それでもいいよ、何番だったの?」と聞いてきました。私は「69番だった」と正直に答えて、母の顔色を見ました。その時の母の表情は今でも忘れられません。とても悲しそうな顔のような、無表情のような、なんとも言えない顔をしていました(>_<)。母から何か返答があったと思いますが覚えていません。ただそのときの母の何とも言えない表情と、私には期待できないという落胆した雰囲気は幼い私の経験した一番の悲しい出来事でした(>_<)。